2007年06月13日

“いい男育成法” 第5回 “いい男”との結婚

ソフトバンクの携帯に夜中に配信される「S!キャスト」より。
保存できないので、メモとして残したくて入力してみました。

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2006年12月05日

過去と今、そしてこれから

事の始まりは、1通のメールでした。

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2006年11月28日

疎遠な人……?

11月28日の日記の続き。
中学と大学が同じだった人の話。

大したことは、書いてないですが。
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2006年11月14日

恋愛って何だろう

とわからなくなる今日この頃。


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posted by ルゥ at 01:39 | Comment(4) | TrackBack(0) | つぶやきor主張 | 記事編集

2006年11月10日

坂を駆けながら

きつい坂道

ありったけの力で

自転車を漕いだら

息が切れそうになった。苦しい。



このまま、呼吸(いき)が止まったら

楽になれるんだろうか。


ぽっかりと空いた 胸の穴を

今も埋められないでいるのは

君が いないから。


その事実が身に沁みるたび

「自業自得、自業自得」と胸の裡で唱えてみるけど

何の救いにもならない。


後悔を抱え続けながら ひとり

ひたすら坂を漕ぐ私は

一体どこに行くのか 誰も知らない
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2006年11月06日

雁字搦め。

動いても、動かなくても。
痛いのは同じなのだ。

顔で笑って、心で泣いて。
3年前の春の、再来となるのか。

果てのない闇の中
光のない道の、果てを冀う。
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2006年10月20日

ひとめぐりした、暦。

6年前の今日。

2000年10月20日、金曜日。


私にとって、ずっと忘れられない日。

冷たい、冷たい、雨と涙の記憶。

あれから、私は何が変わっただろうか。

否、何も変わってなどいないのだろうか。

変わらない現実は、今もここにある。


原因を作ったのは、他ならぬ、私。

なんて莫迦なことをしたんだろうと思う半面、

煮詰まってた私には、他にどうしようもなかった。


強すぎる執着は、全てを喪ってしまう。

楽になろうとして、却ってひどい傷を創ってしまう。

すべては、私の独りよがり。

……そう、わかっては、いるはずなのに。


また同じ道を踏み出してしまっているんだろうか、私は。


6年後の今日。

また何かを喪ってしまうんじゃないだろうか、という漠然とした不安。

それでも、私は私でしかあれないから、手探りでも、進んでみる。

過去は変えられないけど、未来は変えられると祈りながら。
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2006年09月11日

得たものも、ちゃんとあるよ。



初めて見た時、いろんな意味で「へぇ」と思ったCM、でした。
今までいろいろ辛いこともあったけど、だからこそ今があるのかな。

失った、あるいは手に入らなかったものもあったけど、
だからこそ、得られたものもある。

今、自分が手にしているものを、これからもずっと、
大切にしていけますように。



9月11日、祈りをこめて
posted by ルゥ at 00:00 | Comment(1) | TrackBack(0) | つぶやきor主張 | 記事編集

2006年08月20日

私の文章――その変遷と意図と目的?

何のために、私はblogや日記を書いてるのだろうか。

後々に残したいため。
誰かに伝えたいため。
発散させたいため


ぱっと思いついたのが、こんなところ。


でも、伝えるために書く、っていうのが一番難しいんだな。
意図したことと、違う受け取り方をされるのが、
どの程度の確率であるのかわからないけれど、
そういうことは多々起こっているのかもしれない。


去年以降、私の書く日記は一変してしまった。
惚気の部分が、やたら占めてしまう日記に。
そして、この日記について、賛否両論あるのも承知はしてる。

「否」の意見が、1人ならずいることを知った時はどうしようかと
思いながらも、結局変わらないまま今に至ってしまっている。

「賛」の意見が多いなら、それでいいかなと思ってしまったのと、
私は「しゃべりたがり」だったからかな、と自己分析してみて思った。
自分の生活の中心を占めているものは、やっぱりどうしても書きたくなってしまう。

でも、私の書き方、そして書く場所って時々マズイんだろうか、
と昨夜からからの一件を通して考えてしまった。

高校の部活の同期が参加してるメーリングリスト(以下、ML)で
同期の友人と意外な遭遇をしたことを書いた後に、
その時に一緒にいたのが彼氏だったことを付記した。

別に、私はその時に会った友人一人だけに向けたつもりではなかった。
確かに、後半部分はそう受け取れるんだろうけれど、それも含めて、
MLに登録してる人に読まれることは意識はしてた。

私にとっては、参加者が10人程度のMLは、不特定多数ではなくて、
ある程度気心の知れた親しい人、という意識だったし、別に構わないかな、と。
(と書きつつ、別に親しくなんてない、という意見が出てきたら
 どうすればいいんだろう…とびくびくもしつつ)

…という私の感覚からして、既に昔とは違ってしまってるというか、
人によっては「それはどうかと思う」と思うんだな、
っていうことを、今回思ったのだけど。


話は少し変わり、友人がmixiに書いてた文章を一部引用。
気がついたら彼の家の近くの部屋に決めてました」、
なんて表現を私はいつかしただろうか、と思い返して考えた。
友人曰く、言い方がまわりくどい、らしいのだけど。

引っ越す時に、それはもちろん近い方がいいなとは思ってたし、
「気がついたら」的な無意識で決めたわけじゃ、もちろんない。

ただ、部屋の向き・間取り・職場との近さ・交通の便・家賃・etc...
そういう条件でいろんな物件をお店で見せてもらってた時、
一番気に入った物件が今の場所で、それが一番、そして予想以上に、
彼の家と近かった、ってだけのつもりだったのだけど。

でも私が「気がついたら」というような表現をしてようがしていまいが、
読んだ人の印象にそう残ってしまったなら、同じことになってしまうのかな、
とそれを読んで思った。

そもそも、具体的に私だと名指しされてるわけではないから、
考えすぎだという可能性もないわけではないけれど、
そういうことをしそうな人というのは、私くらいしか思い当たらない。

たとえ、比喩の話だったとしても、私のことがベースになってるのは、
間違いないと言える、と思った。

書いた友人が、私がそれを読むことを意図してたのかどうかは
わからないけれど、彼女のところでそれについて弁解したら、
また場違いになってしまうだろうか、とか、メールという手も考えたけど、
この際、他の人の意見も聞けるなら聞いてみたい、と思ってここに書いてみることにした。

恥ずかしくないのか、という問いに対しては、
たぶん、書いてるだけだから恥ずかしくないんだと自分では思う。
面と向かってだったら、大してしゃべれないだろうし。

アイドルとか、自分の趣味とか、自分の好きなものにはとことん打ち込む、
って人は珍しくないと思うけど、今まで私にはそういうものがなかった。
そういう人たちは、自分とは関わりのない世界の人のように思ってた。
去年、私にそういう意味で唯一できたのが、たぶん恋愛なんだろうなと思う。

唯一できたものが、あんまりおおっぴらに書くのはどうか、
と場合によって思われてしまうようなものだったのは…う〜ん。

これがいつまで続くのか、っていうのは、「さぁ…?」としか
言いようがない。私にもそんなのわからないし。
もしかしたら、付き合ってる限り続くのかもしれない。
こんな日記になること自体、全然想定はしてなかったし、
今後のことは何とも言えない。

後悔については、別れることさえなければ、しないんじゃないかと思う。
「もしも別れてしまったら、それまでの日記やblogって、どうすれば…?」
とたまに思うけれど、それはあまり考えないようにしてるのか、
そうならないようにという自戒もこめて書いてるのか、どうだろう。


うまくまとめられないけど、今日はとりあえずこの辺で。
この文章が誰に、そしてどのように伝わるのかは、何とも言えないけれど。

寄せられた意見によって、私の日記が変わるのかどうかはわからない。
でも手厳しい意見も寄せられるのかもしれないことを覚悟はしつつ、
「保存する」ボタンをクリックすることにします。
posted by ルゥ at 17:27 | Comment(4) | TrackBack(0) | つぶやきor主張 | 記事編集

2006年03月19日

昔、男ありけり。

昔、あるところに一人の男がおりました。

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posted by ルゥ at 05:05 | Comment(0) | TrackBack(0) | つぶやきor主張 | 記事編集

2006年01月01日

今年の抱負。

というわけで、さくさくっと述べていきまーす。

1.恋愛を頑張る。
「頑張る」っていうと何か違う……?
現状の維持というよりは、より良い関係を目指して、ってニュアンスで。
たぶん、ブログや日記での惚気っぷりは変わらない模様。
まぁ読みたい人はどうぞ、読みたくない人は……すみません(^_^;)


2.目指せ就職。
今年こそ、正規の職員になれたらいいなぁと思います。
試験までに勉強を何とか頑張らないとなぁ。


3.家事能力の向上。
料理がメインですが、掃除洗濯お裁縫も(多少は)視野に入れつつ。
自分のために、そして誰かさんのために。


4.一人暮らししたい!!
これは後は貯蓄と収入の問題ですねー。
就職できれば何の心配もないんですが、問題はパートのままで、
どこまでやっていけるものなのかわからない点ですね。
時間数、4月から増やせないかなぁ。


5.本を読みたい。
これは普通に通勤電車の中でやってますね。
2005年でどれだけ読んだのかは気が向いたら集計してみようかと。
年間200冊のラインは維持したいなー。


また1年後に見直してみようかと思うので、
実現に向けて頑張っていきたいです手(グー)
posted by ルゥ at 04:17 | Comment(0) | TrackBack(0) | つぶやきor主張 | 記事編集

2005年12月04日

What should I say?

言いたいこと

言ってもいいこと

言った方がいいこと

言わなきゃいけないこと

言わない方がいいこと

言わなくてもいいこと

言いたくないこと

言ってはいけないこと


ねぇ、私が抱えてる思いはどれ?

何を言葉にして誰かに伝えて、何を自分の胸だけに仕舞い込む?


言葉は時によって人を癒し、人の仲を取り持つけれど

また、時によって人を傷つけ、人の仲を壊す


そして

一度飛び出してしまった言葉は

二度と元には戻せない


だからこそ、どうか。
後々まで後悔するような言葉を、吐き出すことがありませんように。
posted by ルゥ at 00:19 | Comment(0) | TrackBack(0) | つぶやきor主張 | 記事編集

2005年10月10日

1つの原点〜小学校の卒業文集

題「月曜日の朝」

月曜日の朝は少しいそがしいです。
それは、図書委員の当番の日だからです。

学校に来るとかばんをしまい、職員室の置いてある箱を
一・二ランドに持っていかないといけないからです。

たいていは一・二ランドに行くと、二、三人が
返きゃくのはんこを押してもらうために並んで待っています。
私は、急いでみんなにはんこをおします。

それから本を返す日のカードを変えます。
本当はS田さんも当番ですが、委員長なので
高学年図書館の新聞を取り替えに行くので後から来ます。

当番の仕事は他に、本を借りた人の数を記録して、
職員室に箱を持っていくくらいです。

当番の仕事は楽しいですが、委員会の仕事は少し大変な時もあります。
さいそく状を書いたり、本の整とんをしたりしなければいけないからです。

でも、私は二年連続で図書委員に進んでなりました。
なぜかと言うと、私は小さいころから本が好きで、
よく図書館に行っていたからです。

そこで、図書委員の人の仕事を見て、図書委員になりたいなと思いました。
だから、五年で図書委員になった時は、とてもうれしかったです。

そして六年もまた図書委員になりました。
今度は副委員長になり、仕事も増えました。
ときどき大変だと思うこともありますが、
でもやっぱり楽しいと思うことの方が多いです。

中学校でもぜひ図書委員会に入りたいと思っています。
(管理人注:段落変えをした以外は、表記はそのままです)

先週、久々に卒業アルバム(文集と一緒になってます)を取り出すまで、
自分が何を書いたかをすっかり忘れてましたね……。

あぁ、こんなことも書いてたんですねぇ。
読み返してみて、すごく懐かしかったです。
特に「1・2ランド」。「ワンツーランド」って読むんですよ。
小学校は1・2年と3〜6年で図書室が分けてあって、前者はそういう名前でした。

あの頃は、毎日のように図書室に通ってました。
25冊(3年以上は27冊)読み終えて、図書カードを1枚使い切るごとに
「読了賞」がもらえたんですよ。

それが1年で3枚、2年で4枚、3年で2枚、4年で4枚、
5年で5枚、6年で6枚残ってます。

……えぇもう、本好きは昔からですから。
今までで一体何千冊の本を読んだんでしょうね。

それでも、Yu君には読書冊数が負けてるんじゃないかなー?と思います。
この辺は似たもの同士、ってところでしょうか。

それはさておき。
かつての自分の文章を読んで「初心忘れるべからず」
という言葉を思い出しました。

これからも、こういう幼い時の心を忘れずに、
自分の目指すものが何かをしっかりと見据えていきたいものだな、
と思いました。
posted by ルゥ at 23:51 | Comment(0) | TrackBack(0) | つぶやきor主張 | 記事編集

2005年09月26日

自分の名前。

26日の日記で書いてた新聞記事、です。
デール・カーネギーが
「この世で一番快く響く言葉、それは自分の名前」
と言っているのもうなずける。

「上司との接し方〜しっかり名前を呼ぼう」
9/26の新聞(NIKKEIプラス)より抜粋

うーん……。と思ってしまいました。
自分の名前は一番反応する音というか言葉ですけど、
それって一番快く響くものですか?

少なくとも、階下から用事を言いつけるために親に呼ばれる時、
「呼ばなくていいから!」って逃げたくなるんですが(^_^;)
あれは自分の名前を聞くと嫌になりますね……。

要は内容と呼ぶ人次第、ってことでしょうか?
ちなみに、今まで自分の名前を呼ばれて一番印象に残ってるのは
今年の3月末日某時点、ですね。

そんな個人的な話は置いといて。
新聞では挨拶する時、単に「おはようございます」でもなく、
肩書きで「課長、おはようございます」でもなく、
ちゃんと名前で呼ぶと好印象ですよ、とのことでした。

でも打ち解けない人にいきなり名前で呼ばれるとびっくりですよね。
職場でも呼びかけてから挨拶してる人も特にいないし、私は何もなし派ですね〜。

あとは照れもありますね。
時々、電話で切り出す時に「もしもし」だけじゃなくて、
「○○君?」とか呼びかけてみようかと思いつつ、
どうもできない人がここに一名。

どなたか職場か学校で試してみたら、効果を教えてください(笑)
それとも、もう既に毎日実践してる!って人もいるんでしょうか?
posted by ルゥ at 23:41 | Comment(0) | TrackBack(0) | つぶやきor主張 | 記事編集

2005年09月24日

赤ちゃん〜Is it pure?

24日の日記で省いた内容。

電車で、向かい側の席に赤ちゃんが座ってた。
女の子?4〜5つのお兄ちゃんとお母さんとお姉ちゃん(中高生?)と。

可愛いっ♪と思いつつ、じっと見てたら怪しいんで(^^;)
最近、小さい子を見るといいなぁ、と思うことが増えたのかなぁ。
それだけ自分が年をとった、ってことなのかもしれない。

まだ何とも言えないけれど、いつか私も母親になるのか?
自分が子育てしてる、っていう姿がどうもピンと来ないけど。
幼い子をいいなと思うのと、我が子として育てるのは全く別の問題だし。
経済的にも、体力的にも、精神的にも大変なんだろうな……。

痛ましい少年犯罪を耳にすると、「いつか自分が親になったら大丈夫かな」、
なんてことを漠然と思う私です(また思考が飛躍してるかな……?)。
それだけ、子育ては大変なんだろうなと思ってる、ってことで。


……なんか当初言いたかったことから逸れてきました。

言いたかったのは、赤ちゃんや幼児の素直さ、でした。
この年頃の子って思ったことをストレートに表現するよなぁ、と。

おなかが空いた時、おむつを替えて欲しい時には泣き。
いっぱい食べて満足した時、お母さんに抱っこしてもらってる時には笑い。
嬉しいなら嬉しい、嫌なら嫌、っていうのがとてもわかりやすい。


とにかく、自分の感情に忠実。
そして、それを誰にも咎められることがない。

それがちょっとだけ、羨ましかった。

もちろん、いつまでも赤ん坊のように思ったままに
感情を露わにしてたら社会の中ではやっていけない。
時には感情を隠すことだって必要。

でもふっと。
「いつの間に私は自分の心をうまく表せなくなってしまったんだろう」
そんなことを考えてしまった。

遠慮、思いやり、怯え、恥じらい、計算、etc......
その理由はケースバイケースだし、一概にそれが悪いというわけじゃない。
自分の感情をコントロールするのが大人というものだし。

それをわかっていながら、こんなことを考えたのは、
素直にはなれず、かと言って完璧に制御するでもない自分が
自分で少し面倒になってたから、なのかな。

それが人間、ってものなのかもしれないけど。

無邪気な赤ちゃんを見てたら何故だか泣きたくなったのでした。
posted by ルゥ at 23:20 | Comment(0) | TrackBack(0) | つぶやきor主張 | 記事編集

2005年09月23日

Various feelings, and words

I feel deep affection for you.

I'm in love with you.

I'm utterly infatuated you.

I'm smitten with you.

I'm bewitched by you.

I'm potty about you.

I'm captivated by you.

I'm entranced by you.

I'm dotty about you.

I'm enthralled by you.

I'm addicted to you.

I'm dying of loving you.


何でこんなのを書き出したのかというと……何ででしょう。

いえね、試験勉強でふと逃避したくなった時、電子辞書の類語辞典で
「love」を引いて、いろいろジャンプしてって調べたんですよ。
直接的表現も悪くはないんですが、他の表現方法って何があるんだろう?って。

下の2つ以外は辞書を参考に書きました。
なので下から2つ目はともかく、一番下のってこれでちゃんと意味が通るのかは不明です(^^;)

posted by ルゥ at 01:26 | Comment(0) | TrackBack(0) | つぶやきor主張 | 記事編集

2005年09月21日

Devotions

If you notice a certain fact, you need not worry.
Because you are the only one I can love.
As long as you love me, my heart will go on
....I'll love you, too, as long as I live.
posted by ルゥ at 18:22 | Comment(0) | TrackBack(0) | つぶやきor主張 | 記事編集

2005年09月10日

体型って

ということで。

採寸で5cm胸が痩せてたのにさほど衝撃を受けなかった私ですが。
というのも、今までいろいろ厄介な思いばかりしてきたからでした。

確か、まともに大人用のものを買ったのが中2の頃でしたが、
測った後にサイズを言われた時は自分自身が仰天した記憶が……。
自分でも想定外だったんですよね。

そして別にこの体型で得したり優越感を感じたりしたことは基本的にはないですね。
むしろ不便なことが多くて面倒だと思ったことが数え切れず。

服のサイズは身長は問題ないのに、胸周りのためだけに
違うサイズを探さないといけなかったり。

しかも服を探してる時に母が店員さんに
「この子は(以下書きたくないので略)……(苦笑)」、
なんて愚痴ったり(人に言うなよそんなこと!!)。

品数そのものも少なくて、探すのが大変だったり高値だったりもしましたし。
サイズが小さければいろいろあるのに……!!と何度思ってきたことか。

特に、高校のいつ頃だったか覚えてませんが、更に成長してしまった時には
喜んでいいのか悲しんでいいのか、何とも言えなかった記憶が。

痩せててそのサイズ、だったらまた違ってたのかもしれませんが、
私の場合は単に太ったついでに……、ってだけでしたし、
単純に良かったとはどうしても思えませんでした。

中学の時だったか高校の時だったか記憶は定かじゃありませんが、
買い物の帰りに車の中で母に尋ねたことがあります。

「どうして、胸が大きい方がいいってみんな言うんだろうね?」と。

今でもイマイチよくわからない一般的嗜好ですね。
痩せてた方が(少なくとも太ってないのがいいっていうのは)わかるんですよ。
見た目にも、健康的にもあまりよくないし。

でも、胸が大きいと何がいいんでしょうね。
本屋の方の仕事の時とか、そう表現される女性の写真を見かけることがありますが、
特に何とも思わないですし。

他にも、「背が高い方がいい」、っていうのも実のところ、
実用面以外では特に重要だと思ったことはないんですよね私は。

実用面、っていうのは主に仕事の時に日々思わされてます。
「嗚呼、ここでいちいち踏み台を探しに行く手間が省けたら、
 どんなにか楽だろうし、能率だって上がるだろうにな……!」って。
あとは人だかりになってる時に向こうが見えないことくらいでしょうか。

ルックスの面では別に151でも構わないと思ってます。

ちなみに前述の問いに母は「そのうち大人になったらわかるに」、
と答えてくれたんですが……23になってもよくわからないままです。

別に答えを求めてるわけじゃないんですが、何となく思ったので書いてみました。
posted by ルゥ at 06:02 | Comment(3) | TrackBack(0) | つぶやきor主張 | 記事編集

2005年09月04日

瓶の中身

瓶の蓋に手をかけた

開けられるのかと思ってた蓋は

中途半端なところで止まり

どうしていいのかわからなくて

困惑と焦燥感が募った

でも

本当は

違った

開けるのが怖くて

怯えていたのは私だった

瓶の中身が何かわからなくて

怖くて苦しくて

そんな自分が嫌だった

でも決めた

もう怖れないって

瓶の中身は依然として何かはわからないけれど

きっとそれは私を傷つけるものではないはず

だからどうか

いつか蓋が開けることができた時

その中身ごと

優しく抱き締められますように
posted by ルゥ at 19:30 | Comment(0) | TrackBack(0) | つぶやきor主張 | 記事編集

2005年09月03日

忘れないために。

「言葉がまったくなくても、複雑なことが考えられるかしら……」

「言葉とか、理論というのは、基本的に他人への伝達の手段だからね。
 言葉で思考していると錯覚するのは、個人の中の複数の人格が、
 情報や意見を交換し、議論しているような状態か、もしくは、
 明日の自分のために言葉で思考しておく場合だね」

「明日の自分のために?」

「ああ、簡単にいえば、忘れないためだよ。
 言葉で思考しておけば、思考の本質にまあまあ近い概念が、
 言葉として記憶される。
 言葉というのはデジタル信号だから、時間経過による劣化が比較的少ない。
 もともと、伝達するために生まれた効率的手段であって、まあ、つまりそれが記号だ」

(森博嗣『今はもうない』p163より)
下線部は私が引きました。
日記やらブログやらで文章を綴るのは忘れないためにというよりは、
片っ端から忘れてしまう記憶を、後で呼び戻すためにかな、と自分では思ってます。
書いておけば、後で検索して調べることもできますしね。
きっと何かに書いておかなければ、1週間前のことは粗方忘れちゃってる気がします。

だから、これからも私は何かを書き続けるんでしょうね、きっと。
後になって思い出したいことが出来た時のために。
posted by ルゥ at 17:13 | Comment(0) | TrackBack(0) | つぶやきor主張 | 記事編集

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