2009年10月08日

読み違え源氏物語

清水義範、文芸春秋、2007年2月刊。

本題に入る前に、著者略歴を読んで著者が名古屋出身で愛教大卒という
意外に身近な人だったことに驚きました。

一通りの流れのある作品かと思いきや、全部独立していて設定も全く違う、
短編集のようなつくりになっていました。

*夕顔殺人事件*
千原という男が友人に源氏物語をめぐる推論を話す、という設定。
夕顔は殺された、という設定は他の本でも読んだことがありましたが、
実は死んでいない、という設定は初めてですねぇ。
しかも夕顔の正体は○○だった、なんて斬新ですね。


*かの御方の日記*
葵の上の日記を装った体裁で書かれています。


*プライド*
六条ゆかり、という女優と映画監督の光用(みつもち)陽一との愛執。
最後は娘と一緒に旅立っていく、という設定は源氏と同じでしょうか。


*愛の魔窟*
宇多川朱雄(=朱雀帝)と天野光一(=光源氏)の2人の間で揺れる月子(=朧月夜)のお話。
宇多川大吉(=右大臣)とか佐治頭一(=左大臣)とか宇多川弘子(=弘徽殿)とか
天野壺雄(=桐壺院)とか、連想させられる名前が使われてるのはさすが。
現代でももしこんなドロドロがあったらすごいなー。


*ローズバッド*
バッドって何だろうと思ったら蕾のことでした。
そして舞台はアメリカ、話は末摘花。
最後にジョンがキャシーにプロポーズするところがへぇ、と思いました。


*うぬぼれ老女*
タイトルからわかるように、源典侍の話。
一人称で語られていて、あまりこれまで深く関わってこなかった
彼女の心情ってこんな感じだったのかなー、と思わされました。


*最も愚かで幸せな后の話*
今回は藤壺だけど、フジツボーシャとかピカリッペとかちょっと名前は変。
藤壺は物事を深く考えられない女性、というスタンスで書かれているけれど、
実際のところはどうなんだろう、と物語ながら考えさせられます。


*ムラサキ*
リゾートマンションを営む干刈(ひかり)源一がムラサキという植物を育てる話。
愛情を込めて育てるのは、恋のようなものかもしれませんが、ある日
元の会社の社長から若菜を育てて欲しいと頼まれ・・・。
最後のオチが、本編を連想させてなかなかいい感じでした。
posted by ルゥ at 19:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | 古典文学 | 記事編集

2005年09月09日

比翼連理と和歌

比翼連理」って言葉をあなたはご存じでしょうか。
ぶっちゃけて言えば「いつでも一緒にいたい!!」っていう古事ですね。
……え、違いますか?

出典は白居易の『長恨歌』です。
玄宗皇帝と楊貴妃をテーマに読んだ漢詩ですね。
その中の一節に、この「比翼連理」が登場します。

天ニ在リテハ願クハ比翼ノ鳥ト作(ナ)リ、
地ニ在リテハ願ハクハ連理ノ枝ト為(ナ)ラン。


比翼の鳥っていうのも連理の枝っていうのも元は2つだったものが1つにくっついたんですよね。
つまり、天においても、地上においても、常に一緒にいたい、という歌なんです。

それを元に和歌を読んだのが村上天皇とその女御、芳子です。

生きての世死にての後の後の世も羽を交せる鳥となりなむ
秋になる言の葉だにも変はらずは我も交せる枝となりなむ


芳子は「宣耀殿の女御」と呼ばれていました。
聞き覚えはありませんか?
ここで「ある!!」って答えた方はよほどの古典通ですね(笑)

『枕草子』の中でも私の好きな部類に入る章段に登場してるんですよ。
「清涼殿の丑寅の隅の」という章段。講談社の学術文庫なら第21段。
(枕草子は本によってかなり章段が異なるので要注意です)

古今集を全部暗記してた人として、宣耀殿の女御が登場してるんですよね。
あれを全部!?って思うとスゴイです……。

大鏡の方でも件(くだん)の和歌が出ていて、彼女のことは
牛車に乗っていても、まだ建物の中に髪が垂れている、
っていうすごい髪長美人として描かれています。

こんな歌を詠んだ村上天皇と宣耀殿の女御の仲はその後どうであったのかというと。

実は、最期まで仲睦まじかったというわけではないようでした。残念ながら。
というのも、村上天皇は妃を多く持っていた人で、
宣耀殿の女御の他にも、安子という中宮がいたのでした。

それで、この中宮がひどく宣耀殿の女御のことを嫌っていて、
中宮が亡くなってからは、天皇の女御への愛情は薄れてしまったんだとか。
末永い愛情っていうのはなかなか難しいんでしょうかね。

……という事情(晩年のこと)は今回調べてて知りました。
大鏡の列伝(藤原師尹)のところに芳子のことが書かれてます。

その解説で、こんなことがあったんですが……。
宣耀殿の女御芳子はその(中宮安子の死後)三年後に他界しているから、
村上天皇の寵愛が衰えたといっても、三年ほどの間に過ぎない。
えええ!?
三年ほど、って……。三年もほったらかしにされてるのに、三年って短いんですか?
アナタ、奥さんに三年間、愛想をつかされても「三年ほど」なんて言えますか!?

……と、思わず監修をしてる石川氏にツッコミを入れたくなってしまいました(^^ゞ
この解説は新潮古典集成からでした。

この和歌は玉葉和歌集にも収められてます。
きっと99%の人が、何ソレ?と思ってる姿が目に浮かびます……。
私も詳しく知ってるわけじゃないんですけどね。
残念ながら実物に当たってる余裕がなくて、どの部類の何番目かは不明ですし。

古今、後撰、拾遺、後拾遺、詞花、金葉、千載、新古今。

ここまでの勅撰集のことを八代集と言いますが、
その後にも勅撰集はまだ他に十三あるんですよ。だから十三代集。
併せて二十一代集、っていう言い方もします。

蛇足ながら全部書き出すと、
新勅撰・続後撰・続古今・続拾遺・新後撰・玉葉・続千載・
続後拾遺・風雅・新千載・新拾遺・新後拾遺・新続古今。

以前にもどこかでこの和歌については聞いたことがあった気がしますが、
とあるコバルト文庫の本でも登場してました。
藤原眞莉の『華くらべ風まどい―清少納言 梛子―』です。
ちなみに梛子は椰子とは別の字なのでご注意。「やし」ではなく「なぎこ」です。
清少納言の名前は確定してないので、作者の創作ですけど。
(でも一説に「諾子」で「なぎこ」と読ませていた、というのもあります)

私が卒論を『枕草子』で書きたいと思い始めたきっかけは、
この本にもあったりしたんですよね。全然正統派ではないんですが、それでも。
4冊目が出ないかなー、と待ち遠しいこの頃です。

つい、好きな古典の話なんで長々と語ってしまいましたが、
ここまで読んでくださった方、ありがとうございました♪
posted by ルゥ at 23:32 | Comment(0) | TrackBack(0) | 古典文学 | 記事編集

2005年02月01日

藤壺

瀬戸内寂聴、講談社、2004年11月刊。

「源氏物語には題名のみ伝わって実体のない、幻の一帖があった? 若き光源氏が義母にし
て帝の妃・藤壷と初めて結ばれる禁断の一帖を、作家・瀬戸内寂聴の空想が小説化。古語
訳も収録。」

ということで、借りてみました。同趣旨の本は、「輝く日の宮」や「千年の黙 異本源氏物語」などでも書かれてるけれど、ここに瀬戸内さんも、また。

読んでいて、幻想的であり、それでいて儚い春の夜の夢だなぁと思いました。
王命婦と源氏の君とのやりとりが悲しいというか切ないというか。
古語版の方も、見事なできばえでした。
果たして紫式部は、源氏の君と藤壺の宮との初めての夜のことを書いていたのか、っていうのは永遠の謎なんでしょうか。
posted by ルゥ at 15:43 | Comment(0) | TrackBack(0) | 古典文学 | 記事編集

2004年08月10日

源氏物語と帝

高橋亨編、森話社、2004年6月刊、8/7〜10に読みました。
大学図書館に、私が購入希望を出して入れてもらった記念すべき本です。
表紙が綺麗なのにうちの図書館ではとられちゃってるのが残念。

序 物語の「みかど」と「天皇」 高橋亨
第T部 源氏物語の帝と王権
1物語史における王統 藤井貞和
2物語論としての王権論と桐壺帝 『源氏物語』の皇統譜と光源氏 廣田收
3朱雀帝御代の権力構造 浅尾広良
4第三部の〈冷泉院〉 「源氏幻想」の行方 辻和良
5源氏物語の「みかど」呼称 神尾暢子
6『源氏物語』左大臣妻の〈大宮〉について 土居奈生子
7『源氏物語』親王達考 もう一つの源氏物語 吉海直人

第U部 物語史の帝と王統
1帝の系譜 異郷と死の機嫌譚 関根賢司
2王の耳 『今昔物語集』の天皇と『源氏物語』の帝 安藤徹
3狭衣物語の皇位継承 倉田実
4物語の「女院」、素描 平安・鎌倉物語に見える「女院」の系譜 野村倫子
5天下を淳素に反すべし! 『愚管抄』に見る、転換期のロマンティーク 深沢徹

という本編は12本立てに、1968〜2002年の研究文献目録がついてます。
これらのタイトルを見て「うわぁ☆」と思ったら日本文学へようこそ♪
ですね(笑)

何気なく読んでるテキストも、こんなふうにいろいろな解釈の仕方が
あるんだなー、というのが目から鱗でした。

狭衣や散逸物語については知らないのもあって、そこは、ぱらぱらか
または読み飛ばしてしまいました(^_^;)

ちなみに藤井さんの書かれてた内容に、源氏の授業のレポートで
扱おうと思ってたテーマがズバリ書かれてありました。
やっぱりこれを扱おうと思う人はいるんだなー。
結論ではなくてさらっと触れてあるだけだったんで、
自分なりの視点で調べ直してまとめる予定。

またその時期(年明け?)になったら借り直す予定です。
これからどんな人が借りてくのかなぁ☆と想像すると楽しみ。
posted by ルゥ at 00:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | 古典文学 | 記事編集

2004年07月22日

枕草子REMIX

酒井順子、新潮社、2004年3月刊、7/17〜7/22に読みました。

作者のお気に入りの章段がオリジナルの訳と共に載せられています。
何と清少納言との架空の対談シーンを設けてしまってたりもします。

枕草子の言葉が今だったら……、と置き換えて書いてある部分も
なかなか面白いです。
posted by ルゥ at 00:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | 古典文学 | 記事編集

2004年06月10日

清少納言伝記攷

岸上慎二、新生社、昭和33年3月刊、?〜6/10に読みました。
大学図書館4階の910.23||Kiです。

昭和33年=1958年、ってことは今からもう46年前ですね。
かなり詳細に清少納言の生涯に関して考察されてます。
古文が原文で註がついていないものが多いので、かなり読み飛ばしてしまいましたが(^^ゞ
清少納言だけではなく、その家族に関しての考察もあります。
興味深かったのは、定子の許への出仕前後の清少納言の勤め先。
各種いろんな説があるんですねぇ。

登場人物の登場回数、史実との年や官位の差異に関してもいろいろ書かれていて、こんなに説がばらばらなんだなぁ、と思いました
まぁかなり資料が古いんで、またもう少し新しい人の本も読んでみようと思います。
今度は、清少納言その人に関して中心にまとめた本ではなく、枕草子に関してまとめたものを読みたいと思います。

そうそう、この本は作者自身が昭和34年5月20日に名大の図書館に寄贈したらしいです。
作者が実際に手にとった本なのかなぁ、と想像すると楽しいです。
posted by ルゥ at 00:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | 古典文学 | 記事編集

2004年06月04日

清少納言全歌集 解釈と評論

萩谷朴、笠間書院、昭和61年5月刊、?〜6/2に読みました。
大学図書館4Fの911.138||Hです。

歌人としての清少納言についても参考までに、と思って読んでみました。

一応、自撰か他撰かははっきりしないのですが、「清少納言集」という家集があります。
萩谷さんの説では自撰ではないか、とのことでしたが。

彼女の歌で一番有名なのは百人一首の「夜をこめて」の歌でしょうか。
枕草子に載ってるワカメの歌や、もう歌を詠まないという歌が有名なのかな?

この本では「よしさらばつらさは我にならひけりたのめて来ぬは誰か教へし」が、彼女の機転をきかせた歌として有名だとしていました。
この本の訳では「成程それじゃ冷淡さは私に見習ったのですね。(でも)約束しておいて来ないというのは(一体)誰が教えたのですか。」だそうです。
私はこの歌は田辺聖子の「むかし・あけぼの」で読んで知ってました。

この本は清少納言集だけではなく、清少納言が読んだとされる、又は萩谷さんがそう推測する歌が全部載っています。
その中で意外に思ったのが和泉式部との歌の贈答。
清少納言とは付き合いがあったというのは初耳。
清少納言集には残ってないのですが、和泉式部集には以下の贈答が残っているそうです。
流れつつみつの渡りのあやめ草引き返すべきねやは残れる
(美豆の渡し場の菖蒲草は、大水に押し流されて、根引きして持ち帰れるような根は残っていましょうかね……あなたは皇后の崩御以後、苛酷な運命に押し流されて、帰って行くべきよりどころもないのではありませんか)

同日清少納言
こますらにすさめぬ程におひぬれば何のあやめも知られやはする
(馬でさえ気にかけない程に草が生い茂ったものだから、馬の好まない菖蒲か菖蒲でないか、そんな区別はつきませんよ……私なんか誰も気にかけてくれない年寄りになったものですから、何処に身を寄せるとか寄せないとか、選り好みをしている時ではありません)

かへし
すさめぬにねたさもねたしあやめ草引き返してもこまかへりなむ
(誰も気にかけないとは、それは残念至極です。馬が好まない菖蒲草は引っこ抜いてでも(あなたを取り巻く悪条件を根こそぎにしてでも)駿馬(のあなた)には、(陽の当たる場所へ)帰って来て欲しいものですね。

五月五日、菖蒲の根を清少納言にやるとて。
これぞこの人のひきけるあやめ草むべこそねやのつまとなりけれ
(これこそは、(昔から)世間の人がみな引き抜いてきたという菖蒲草ですよ。成程、家の軒端に葺かれる(閨の妻となる)のも尤もな(優美な)ものですね。

かへし
ねやごとのつまにひかるる程よりは細く短きあやめ草かな
(家毎の軒端に(葺くものとして)引き抜かれる割合には、細くて短い(貧弱な)菖蒲草ですこと。

またかへし
さはしもぞ君は見るらむあやめ草ね見けむ人にひきくらべつつ
(そういう風にはね、あなたはご覧になることでしょう。(長短いろいろな)根を見た(今まで連れ添った、いろいろな)人とあれこれ比較してね。

さすがにやはり、定子の没後のことにはなるんですが、こんな歌をやりとりする程度の付き合いはあったんですね〜。

もう1つ、萩谷さんの説としては、藤原実方が清少納言に辟易していた、というのがあるんですが、これはどうなんでしょう。
実方の第一印象は藤原眞莉の「華めぐり雪なみだ」なので、そうすると随分印象が違うなぁと思ってしまいます。

小説は知識は入るけれど、やっぱり創作だなぁ、ということを痛感した本でした。
posted by ルゥ at 00:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | 古典文学 | 記事編集

2004年05月23日

なまみこ物語・源氏物語私見

円地文子、講談社文芸文庫、04年4月刊、?〜5/23に読みました。
文庫なのに本体価格1400円もするんですが、5/11に買ってしまいました。

裏表紙にあるコピーをそのまま写すと、「贋招人(よりまし)姉妹によるいつわりの生霊騒動等、時の権力者・藤原道長の様々な追い落とし策謀に抗する、中宮定子の誇り高き愛を描いた女流文学賞受賞作「なまみこ物語」、『源氏物語』の現代語訳の過程で生まれた創見に満ちた随想「源氏物語私見」の二作を収録。
円地文子の王朝文学への深い造詣と幼い頃からの親和に、現代作家としての卓抜な構想力が融合した二大傑作。」だそうです。

「なまみこ物語」は別名を「栄華物語拾遺」として作中に登場しますが、読んでると、本当に「なまみこ物語」という物語が存在したかのように思えてきます。
作者自らが時には古文調で物語を作り、語っていくのです。

道長の策謀にも負けてはいない定子、まだ幼いながらもその定子を愛するようになり、守ろうとするようにもなる一条天皇が素敵です。
思ったほど枕草子の章段とは関わらないのですが、ちらりとは出てきます。
道長のために不遇ながらも、それに拘らず明るく生きていこうとする姿は感動。

「源氏物語私見」は、六条御息所に関する考察が鋭いなぁと思いました。思いもしなかった論理というか。

ネットで評判を読んで買ってみましたが、この値段でも後悔はないと思います。
posted by ルゥ at 00:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | 古典文学 | 記事編集

2004年05月15日

痛快!寂聴源氏塾

瀬戸内寂聴、集英社インターナショナル、04年4月刊、5/9〜5/15に読みました。

瀬戸内さんによる、源氏物語のあらすじ解説の本、でしょうか。
彼女の源氏訳の過程や感想なんかも入ってます。
更に、「あさきゆめみし」のイラストも幾らか入ってます。
ここに出てきたうち、見知らぬイラストが何枚かあったんで、やっぱりまだ「あさきゆめみし」は読破はしてない私です。

B5サイズなんで、電車の中で読むのには向いてないかも。
この本は私も全部家で読んでました。
難解な語には註がついてるんで、中学生でも読めると思います。
「まろ、ん?」よりは詳細なあらすじだと思います。

余談ですが、この本の著者プロフィールを見て、著者が私の母方の祖母と同年だということが判明しました。
だから何、って言われればそれまでですが。
posted by ルゥ at 00:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | 古典文学 | 記事編集

2004年05月07日

王朝女流日記を学ぶ人のために

久保朝孝編、世界思想社、96年8月刊、たぶん5月はじめに読了。
大学の図書館の本で、3Fの915.3||Kuです。

タイトルに魅かれてとって見ました。
卒論云々は置いといて、女流日記は心魅かれる対象です。
女流日記と言いながらも、「女もしてみむとて」の土佐日記に関しても入ってます。

ちなみに、長谷川政春氏が男日記と女日記の違いを提示されてましたが、

男日記……女日記
1.漢文日記←→仮名日記
2.月日の明示を原則とする←→月日の明示を原則としない。
3.事実の記録を重視する←→事実の記録を絶対視しない
4.即日形式←→回想形式
5.防備録の役割を持つ←→自己反照の傾向が強い
6.家のための記録として役立てられる(有職故実書とちての側面)←→自己表現の傾向が強い(文学作品としての側面)

なのだそうです。この点で、土佐日記は女日記の1356の条件は満たしてるけれど、24は男日記の特性を具備しているのだそうです。なるほど。

ちなみに、私の「朧草紙」は1は漢字仮名交じり(まぁ当然だけど)、24は男日記、56は女日記の性質ですね(文学作品の傾向は知りませんが)。3に関しては何とも言えない、ということにしときます。

他に、蜻蛉日記・枕草子・和泉式部日記・紫式部日記・更級日記・成尋阿闍梨母集・讃岐典侍日記、という順に進んで行きます。
それぞれ筆者が異なるのですが、読んでびっくり、枕の執筆者は我が研究室の恩師でした。
読み進めていくと、これ以前に授業で触れられてたなぁ、と納得。
私が当たった問いもあったりしました。もっと早く読んでおけば良かったな。
posted by ルゥ at 22:02 | Comment(0) | TrackBack(0) | 古典文学 | 記事編集

2004年04月17日

中務 三十六歌仙の女性

稲賀敬二、新典社、99年4月刊、?〜4/17に読みました。

名前は耳にしたことがあるけれど、詳細を全く知らない、
それが中務でした。

彼女は伊勢と敦慶親王(宇多天皇の子)との間に生まれた子なのだそうです。
伊勢というのは宇多天皇の時代に生きた女性で、宇多天皇の寵愛も
受けたために伊勢の御、とも呼ばれた人物。

百人一首では
「難波潟短き葦の節の間も逢はでこの世を過ぐしてよとや」
で有名な人です。
でもこの歌は伊勢本人の歌なのかどうか怪しいのだそうですが。

子孫の代に渡って細々と書かれていて消化しきれなかった感は
ありますが、とりあえず、今まで知らなかった人について
多少なりともわかったということで満足。
posted by ルゥ at 00:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | 古典文学 | 記事編集

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。


×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。