2005年11月15日

司馬遼太郎全集3 竜馬がゆく一

文藝春秋、昭和47年3月刊。

566ページもあるハードカバーです。分厚いです。やや重たいです。
最後の部分以外は電車の中で読んでたら、11日間もかかりました……。
11/5〜11/15に読んでたので。長かったですね〜。

ちなみにこの本は、<彼>のお父様が「面白かった」と言われてたので、
薦められた……わけではないかもしれませんが、読んでみました。
司馬さんの本を読むのは、私にとってはこれが初めてでした。

全集では3冊に分かれてるので、まだ3分の1を読んだだけですが、
確かに面白かったですね〜。
久しぶりに歴史モノを読んだんですが、「あぁ、いいなぁ」と思いました。

昔、NHKでアニメでやってた「おーい!竜馬」は観てたんで、
もうかなりおぼろげな記憶ではありますが、
ところどころ懐かしいなぁとも思いました。

この本では竜馬が生まれてから脱藩する辺りまでを扱ってます。
暗殺のところまで読んだら、もしかすると泣くかもしれないですね……。

そうそう、これを奇遇と言っていいのかどうかわかりませんが。
読み終えたのが11月15日の深夜だったんですが、
その日のステーション(Vodafoneの情報配信サービス)で、
竜馬が暗殺された日が11月15日だということを知りました。
「うわぁ、タイミングいいなぁ」と思いました。

分厚い本ですが、気長に二と三も読んでいきま〜す。
posted by ルゥ at 20:37 | Comment(0) | TrackBack(0) | 歴史モノ | 記事編集

2005年05月01日

平安朝の男と女 貴族と庶民の性と愛

服藤(ふくとう)早苗、中公新書1240、95年4月刊。4/27〜5/1に読みました。
「平安朝の母と子」の姉妹編、かな。
前著は大学図書館で借りましたが、この本は地元の図書館で借りました。
そこでの分類は「384」。「社会・家庭生活の習俗」なんだそうです。

メインは平安朝かもしれませんが、古代の話も含めて説明されてます。
一通り読むと、時代による意識の変化って大きいんだなぁと思いました。
時々、かなり露骨な描写もあってそれもすごかったですね。

前に日本史学の授業を受けた時に、藤原頼長が自分の男の恋人とのことを日記に詳細に綴ってると聞いてましたが、この本でそれが部分的に引かれてて「こんなことまで書いてたのか……」と発見もしました。

著者の立場としては男女の不平等を説きたかったそうで、私はなるほどなぁと思いつつ読みましたが、講義では男性側からは反発の声もあがった、とあとがきに書かれてました。
何をもって平等と捉えるのかがまた焦点にもなるんでしょうが、この議論はきっと終わることがないんでしょうね。
posted by ルゥ at 03:46 | Comment(0) | TrackBack(0) | 歴史モノ | 記事編集

2005年02月02日

令嬢テレジアと華麗なる愛人たち

藤本ひとみ、集英社、2004年5月刊。

テレジアっていうと、オーストリアの女帝、マリー・テレジアのことかと思ったら別人でした。

この作者の本を借りたのは何年かぶりだけど、相変わらずすごかったです。
もし読書中、知り合いに「それ何?」と訊かれたら答えに詰まっただろうなというか、
中身を見せてと頼まれたらもっと困ってたと思いますが、幸いそんなことはありませんでした。
こんな本を堂々(?)と電車の中で読んでる私もどうかと思うけど。
(もちろん、ブックカバーでがっちりガードはしてましたが)

ちなみに、459ページもある大作です。(それを2月1・2日の2日間で読了した私)
某講談社ノベルスから出してるミステリ作家には負けるけど、
それでも、ハードカバーだし結構な重さになってました。

高校の時くらいに、結構この作者の歴史小説?を読んではどぎまぎしてたけど、
今回もやっぱりすごいな……と思ったのが相変わらず、ってことでした。
なかなかに刺激が強かったです。えぇ。

この人の本を読んでると、ここまでいろいろ計算して動ける人がいたらすごいなぁと
よく思うけど、実際のところ、こういう強かな人っているものなのかなぁ。
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2005年01月25日

平安朝の母と子 貴族と庶民の家族生活史

服藤(ふくとう)早苗、中公新書1003、91年1月刊。
とりあえずこのブログでは歴史のところに分類してみたけど、大学図書館のNDC分類は367。
367というと「家族問題. 男性・女性問題. 老人問題」なんだそうです。

読んでみると、現代との考え方の違いに多々驚かされます。
今は(少なくとも建て前的には)人類皆平等、の世界で良かったなぁ。
当時は、身分の低い人の扱いってすごく悲惨だったことに驚かされます。
特に今昔物語の例は読んでてぞっとしてしまうというか。
薬にするために、自分の息子の嫁の赤ん坊を犠牲にするのは非難されて、
下仕えの子なら何の非難も浴びないっていうのが(>_<)
女性は屋敷の中で不自由してたんだなぁというのも印象に残りました。
通い婚とか招婿婚とか言われてるように、やっぱり女は基本的に待つしかできない、と。
まぁ嫉妬に狂って報復に出た人もいないわけじゃないんだろうけど。

とは言っても、現代は現代でネグレクトとか虐待とか、母と子の問題はいろいろあるのは変わりがないようで。
幸せな家族を持ちたいものだけど、私はどうなるんだろうなぁ……。
posted by ルゥ at 12:46 | Comment(0) | TrackBack(0) | 歴史モノ | 記事編集

2004年06月12日

萌がさね 藤原道長室明子相聞

鳥越碧、講談社、96年8月刊、6/10〜6/12に読みました。

藤原道長の正室は倫子(りんし)と言われていますが、もう一人の妻、明子(めいし)を主にしたお話です。

この明子、あの安和の変で失脚した源高明の娘なのです。
そんな彼女は父母の死後、道長に見初められ、妻にはなったけれど、心の中では初恋の君、実資のことが忘れられず……。
実資、というのは「小右記」を記し、己が正しいと思うことには道長にも異を唱えた藤原実資です。
彼のことが心にあり、また、政治のためには非道にもなる道長とは、心が近づいたり離れたり、の繰り返し。

私も、道隆死後の道長は嫌いだー、と思います。
でも「心から愛せない」と思いながらも、道長の許を離れることはせず、四男二女を儲けた明子は、なんだかんだ言って夫のことを愛していたんでしょうか?

ところどころに大鏡や栄花物語で知ってるエピソードや、古今などにもとられている和歌が出てきて面白かったです。
道長の目を通して語られる定子像もいい感じでした。
何枚も系図が出てきて、人物関係の把握もしやすくgoodです。
フィクションではあるのですが、いい話だなーと思いました。
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2004年04月04日

小説 和泉式部「許子の恋」

三枝和子、読売新聞社、90年10月刊、読書日不明。

この「許子(もとこ)」というのは、記録にある彼女の幼名
「御許丸(おもとまる)」による作者の創作です。

恋多き女性として名を馳せた彼女。
その生き方は私には是とできないと思う部分もありながら、
その歌は艶やかで魅かれるものがあります。

「黒髪の乱れも知らず打ち臥せばまづかきやりし君ぞ恋しき」
「もの思へば沢の蛍も我が身よりあくがれいづる魂かとぞ見る」

この本だと、敦道親王が幾分か幼い、というか我が儘な男に
書かれてるように思います。

まぁ確かに、当時としては春宮候補にもなりそうな親王と、
受領階級の女房風情では身分の壁というものが立ちはだかったのでしょうが。
それでもやはり、愛する男に愛された女は美しいのでしょうか。
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2004年04月03日

小説 かげろうの日記「道綱母・寧子の恋」

三枝和子、読売新聞社、89年7月刊、?〜4/3に読みました。

蜻蛉日記の作者、道綱母のお話。
タイトルにある「寧子(やすこ)」という名前は作者の創作です。
藤原倫寧の娘、ということから父から一字とってつけたのだそうです。
もう1つの字の倫子、だと道長の北の方の名前になってしまうので
避けたんだとか。

蔵書のマンガ版「蜻蛉日記」で見知ったシーンが出てくると嬉しいです。

彼女はプライドが高い上に浮気性な夫を持ってしまって気の毒だとは
思いますが、それを真っ向から喧嘩できるのは幸せかな、とも思います。
それだけ一途に愛せる人に出会えたわけですから。
でも、やっぱり私も相手にも一途に想われたい、と思いますね。
浮気な人はなぁ……。

彼女の姪がかの更級日記の作者、菅原孝標女なんですよね。
伯母と姪とで文学史上に名前を残せるなんてすごい家系ですね〜
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2004年03月30日

人物叢書新装版 一条天皇

倉本一宏、吉川弘文館、平成15年12月刊、?〜3/30に読みました。

自分的には、もし日本の古代にタイムスリップできるのなら、
絶対に一条朝!と思うくらいに好きな時代なのですが、
実際はいろいろあったんですねー……。

道長も随分と大人げない嫌がらせをせっせとしたもんです。
こんなので政治が動いていく辺りがさすが平安、という感じです。

道長の日記「御堂関白記」や行成の日記「権記」がところどころに
引用されてますが、中宮定子方に有利なことは、さらっと済まされてるか
全く記述がない、というのが興味深いです。

母・東三条院詮子や道長など、いろんな人に抑圧されて
育っただろうことは想像できますが、自暴自棄に走らず、
かと言って自己主張の全く出来ない人物でもなく育ったのは
立派だと思います。

この本で初めて知ったのですが、平安時代で母が中宮で天皇に
なれなかった第一皇子というのは定子所生の敦康親王だけとのことです。
あ、他には白河天皇の子がいるそうですが、その子は4歳で亡くなったということで例外。
後見がないというのは厳しいことのようですね。

一条天皇といえば、定子だけを愛していたものかと思ってましたが、
藤原顕光の女、元子も寵愛していたようです。
定子が参内できなかった時に呼び寄せようとした記録が残ってるとのこと。

31歳の若さで亡くなった一条天皇は、諱名を宣旨によって
定められたのではなく、通称で決まったようです。
名は懐仁と書いて「やすひと」。筆者は「仁を懐(いだ)く」
というのが彼に相応しい名だと言っていますが、私もその通りだと
思います。

名前と言えば、安倍晴明をはれあきら、と読んでました。
それは初耳。

一条天皇は31歳の若さで亡くなりましたが、あの世では定子と
睦まじく暮らせたのだろうか、というのは後人の感傷でしょうか。
posted by ルゥ at 00:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | 歴史モノ | 記事編集

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