2006年01月26日

森博嗣のTOOL BOX

森博嗣、日経BP社、2005年10月刊。1/26に読みました。

最初、誰かさん(笑)の部屋で横向きに置いてあるのを見て、
「え、それって本?それとも何かのキット……?」と思ってしまったのが最初。
気になったんで、後で自分で図書館で借りてみました。

かつて雑誌に連載されたエッセイを単行本化したもので、
各回、作者が撮影した写真と文章で4ページずつで構成されてます。
私には見たこともないものも多々あって、興味深かったです。

それにしても、こんなにいろんなものを蒐集できるなんてお金持ちなんですねぇ。
……なんてことを改めて思っちゃいました(^_^;)
もし私にお金があったら、欲しいだけ本を集めて、それを置ける棚と部屋を用意かなぁ。

考え方も独特で、(少なくとも関わりのない他人としては)
面白いなーと思うんですが(身近にいたらどう思うかは何とも言えない)。

>今の奥様(というか今のところ1人目だが)は
>7人目のガールフレンドだったりする。
(p184より)

本人のことを知らないのにこんなことを言うのもどうかと思うんですが、
7人目とは、「意外に」モテたんですね〜。
ていうかそんなことをここで公表しちゃっていいんでしょうか。

でも、以前ある人と話してたことがあるけれど、
付き合ってた人が多いのがいいことかっていうとそうでもないですよね。
私だったら少ない方がいいなと思います。
いろんな人と付き合うよりも、1人と長続きするのが一番ですね。

ところで奥様はその事実をご存じなんでしょうかね?
と余計な心配をしてみたり。
7人目……って奥様側からしたらどうなんでしょう。
最終的に自分が妻の座に収まったら良いのかな。

私だったら……さて。
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2005年09月15日

ウーマンアローン

廣川まさき、集英社、2004年11月刊。
9/14〜9/15に読みました。

ジャンルは本当はノンフィクションに入るんでしょうけど、
そうそうノンフィクションを読む機会がないだろうと思ったのと、
エッセイに入れた『楽園のしっぽ』と密接な関わりがあったんで、
ここに入れてみました。

というのも、実は『楽園のしっぽ』に登場するんですよね、廣川さんが。
村山さんの家に滞在した人物として出てくるんです。
その時の様子を読んで、一度廣川さんの本を読んでみたいと思ったのがきっかけでした。

この本は「第2回開高健ノンフィクション賞」受賞作です。
『楽園のしっぽ』に「カイコー賞」として出てきましたが、私は初耳でした。
健さんはケンさんではなくて「タケシ」さんなんですね〜。

そんなことを思ってたら、偶然15日の仕事で開高さんの著書に出会いました。
ただし、日本語じゃなくて洋書でした(それで名前が判明)。

……話を元に戻して、本編に。
これは廣川さんがアラスカのユーコン川をカヌーで一人旅した時の話です。
タイトルに表れているように、廣川さんは女性です。

読んでいて、私とは全くタイプの違う人だなぁと思いました。
私だったら、大自然の中にたった一人なんて生活をしたいと思わないでしょう。
霜焼けを作ってまで、それでも危険な場所を一人で旅したいとは思えません。
(寒いの大嫌いなんです)

それでも、読んでるとドキドキハラハラして楽しかったです。

「Are you gonna kill me? Or hug me?」
……あなたは、私を殺してしまいますか?それとも、私を抱いてくださいますか?

これは帯に書いてあり、著者がユーコンの大自然に何度も語りかけた言葉だそうです。
著者の自然への思い入れの強さが伝わってくる言葉ですね。

熊が出るかもしれないというのに銃も持たず、ギターを片手に川を渡る。
ちょっと聞いた分には「かっこいい」と思いがちですが、
そこに至るまでに、著者は著者なりにいろいろ考えてるんですよね。

何事も、行動を起こす前にはさまざまなことを考えないといけない、
っていうのはこの本で一つ学んだことでしょうか。
posted by ルゥ at 00:15 | Comment(1) | TrackBack(0) | エッセイ | 記事編集

2005年09月08日

楽園のしっぽ

村山由佳、文藝春秋、2005年7月刊。
9/7〜9/9に読みました。

「週間文春」で2004年5月から2005年4月にかけて連載していたものの単行本化。

私はエッセイはあまり読まない方で、年に1〜2冊読む程度でしょうか。
現に、今年初めて読んだのがこの本でした。

読んでみて、小説とはまた違った意味でいいなぁと思いました。
小説が好きな人のならエッセイもたまに読んでみるのもいいかもしれないですね。
この本も、村山さんの言葉にいろいろ笑ったり考えさせられたりしました。

簡単に言うと、鴨川に農場(と言っていいのかな……)住む著者の日々の記録、でしょうか。
へぇ村山さんってこんなところに住んでるんだ、と思いながら読みました。


この際だからついでに言っておくと、<ご主人>という呼ばれ方は
(当人が一番いやがるので(俺はお前の「主人」じゃない!)と宣(のたま)うので)
私自身も<相方>と呼ぶことにしているわけだが、(以下略)
(p66「一匹じゃ足りない」)

そうそう、私も時々迷うんですよね〜。

私自身は独身ですが(笑)、職場の人と話をする時にどう呼べばいいのかな、と。
数年前に、何かで読んでから(女性問題の関係の本だったのかな……)、
確かに男女平等なら、“主人”っていうのは変かなぁ、というのは納得したんですが、
でも「ご主人」という呼び方は聞きなれてるんでたまに使ってしまいます。
他は「旦那さん」も使いますが。

自分で呼ぶ時に「連れ合い」って言ってる人もいますね。
亭主とか宿六とか、いろいろ言い方はありそうですね。

私だったら第三者に言う場合には「夫」かなぁ……?
プラスマイナスゼロで、そう悪くない気がするし。

何となく、のだめカンタービレの10巻の、のだめのフランス語会話練習を思い出しました(笑)
Je suis sa femme.(妻です)
Je vous presénte mon mari.(こちらが夫です)
英語に訳すならそれぞれ、
I am his wife.
I introduce my husband to you.(I present my husband to youもアリか)かなぁ。
こんな言葉を使う日が、いつか来るのかなぁ……?
あ、奇遇だけどこのコミックのページも66でした。


相手が何を望んでいるのかを先回りして察して、できる限りそれに応えていく仕事。
じつはお店の販売員ほど、心の反射神経を要求される仕事ってないんじゃないだろうか。
(p83「悲しき試着室」)

販売員じゃなくても、窓口やカウンターで人と接する仕事もそうですね。
私も日々、後で「あぁしとけば良かった……」と思うことがしばしばです。
でも仕事に限らず、身の周りの人に対しても、心の反射神経は鋭くありたいものですね。


世間では、母親というものは子どもを無条件に愛せるものだとういう幻想が
まだまだまかりとおっているようだが、生まれてくる赤ん坊を愛してやれるかどうか
自身が持てずに悩んでいる女性は案外多い。
(p89「ヒトんちのこども」)

20歳になった頃から(いやもっと前か?)からたまに思う問題ですね。
自分はどうなんだろうなぁ、と。

でも願いとしては、子どもを抱き締めてやれる母親になりたいなぁ、と思います。
自分自身は母に抱き締められた記憶はありませんが、今思うと、
そういう母親を求めていたようにも思います。

母にいろいろ面倒を見てもらっているという実感と感謝はありますが、
愛されてるとは実感できないもので、せめて自分の子どもには、って感じですね。


じつは以前、音声担当の青年を主人公にした小説を書いたことがあるのだが、
この彼などは、年がら年中カメラマンにどつかれたり怒鳴られたりしているという
可哀想な役どころだった。
(p110「十五頭のキャラバン」)

あ、『きみのためにできること』のことだなー、とピンときました。
あまり詳しいのは覚えてないんですが、おそらくそれだ、と。

これは96年の11月に出たんですね。もう9年も前なのかぁ。
この本で思ったのは「メールの宛先は絶対に気をつけなきゃ!」かなぁ。
でもその後、弟と妹が共用で使ってた携帯でしくじったことがあります……。


<真夏のモンゴルを横断する旅で、ヤギの肉を腐らせることなく運んでいくにはどうすればよいか?>
というp137「旅の終わり」の問いには私は正解できませんでしたね……。
冷蔵庫も氷もない、って条件つきです。
頭が固いというよりは、生活習慣の違いなんでしょうね。


ああ、天使の梯子だ、と思った。
雲間から射す光のことを、欧米ではそんなふうに呼ぶのだそうだ。
奇しくも、ちょうど書きかけのまま日本に置いてきた小説のタイトルが
『天使の梯子』だったこともあって、私はなんだか泣き出したいような思いで
その光を眺めていた。
(p142「自由であるということ」)


そっか、これを書いてたのはそんな時期だったのか、と思いました。
私にとってはいろいろと因縁のある本です、『天使の梯子』。
ちょうど先週辺りにこの本のことを考えてたところだったんで、
これも読んだのも、また1つの縁なんでしょうね。
そう思いながら、少し胸が痛かったのですが。

担当さんの脅しにはちょっと笑いました。
「せめてあと百枚は置いてってもらわないと、成田に電話して、飛行機止めるわよ」って。
すごいですねー、担当の編集と作家の応酬って。

それでも村山さんは<たとえ落馬して脚は折ろうとも、腕だけは折らないことを誓います>
ってメールで書き置き(って日本語としてどうなんだろう?)してモンゴルに旅立ったそうですが。


(略)一般に田舎では、プライバシーという概念自体がものすごく希薄なのだ。
都会から田舎暮らしへと飛びこむ人たちが最初にぶつかる(そして最後まで尾を引く)
難問が、この一転――<親切>と<お節介>をめぐるお互いの感覚の違い――じゃないかとさえ思う。
(p192「苦肉の策」)

あぁ、わかりますねぇ。
人口7万の都市と、養老の山奥の2つの家を知ってる者として。

あぁいう田舎ってものすごく人間関係が濃いんですよね。
親戚の誰々さん、って話が私にはなかなか理解できません。
自分の親戚だけじゃなくて、ある程度は近所の親戚のことまで把握してるんですよ?

片や、今住んでる家では、現在両隣の家に果たして何人住んでるのかさえ知りません。
もちろん、家に住んでない親戚の人のことなんて知ろうはずもなく。

でもどっちが自分は住みやすいかと問われれば、都会の方なんですよね。
人間関係の希薄さに時に一抹の寂しさを感じつつ、でも過剰な干渉をされたくないので。
携帯の電波が届かないような田舎には、数日過ごす程度ならともかく、
永住する気にはなれないのでした。

でもあまりにもコンクリートだらけの都会も住みにくそうなんで、
そういう意味では今の家もさほど悪くはないんですけどね。
むしろ、ちょうどいいくらいだとも言えます。

私は将来、どこに住むんでしょうね。

ちなみに別に私は誰にも干渉されたくないわけではないですよ。念のため。
むしろ(親とは別の意味で)干渉してくれる人が欲しくて、
「恋人がいたらな」と常々思ってましたし。

この話は村山さんの自宅へのテレビ取材のことが書かれてるんですが、
これまで極力取材を今まで避けていたのに今回引き受けた理由があるんだそうです。
「どうしても読んでもらいたい小説を上梓したから」。
番組の中で小説についてもちゃんと訊いてくれること
、が交換条件だったそうで。
『天使の梯子』にはそれだけ深い思い入れがあるんですね。


春――。一年でいちばん、庭が美しく輝く季節。
ただし、庭というのは女によく似ている。
それなりに手をかけないとみすぼらしくなるばかりだし、
何より春の庭を美しくしたかったら春になってから慌てたのでは遅いのだ。
(p199「春を待つ日々」)

うわ。なかなか痛い言葉、ですね。
つまり年をとってから慌てても遅いんだよ、って箴言でしょうか?イヤだなぁ。

……とか言ってる間にせっせと手入れしろよ、
っていう声がどこかから聞こえてくるのは、幻聴なのかはてさて。
(いや日々母上に言われてる言葉ですね。ハイ。)


<想い>と<言葉>の関係も、それとよく似ている。
文章で何か深いことを描写しようとすればするほど、私はいつも、
色の足りない絵の具で絵を描かされてる気がする。
本当に伝えたいことは逃げ水みたいに言葉の先へ先へ遠ざかってしまって、
どれだけ追いかけても捕まえられない、そんなもどかしさ。
あるいは、目の大きすぎる網で小魚をすくおうと四苦八苦しているような徒労感。
もしかして言葉なんかじゃほんとうのことなんて何ひとつ伝えられやしないんじゃないか、
とえらく悲観的になってしまうことさえある。

でも――そういう時にそっと私の背中を押してくれるのも、やっぱり<言葉>なのだ。
かつて、旅(人生のそれをも含めて)の途上で出会った人たちがくれた<言葉>
――私以外の人にとっては何ということもない、でも私にとっては
充電器みたいな意味を持つ言葉の数々……。

たしかに、<言葉>は不完全な道具だ。
そのままでは決して<想い>を超えられない。
おまけに文章ともなれば、会話のように表情や身振りを加えることもできない。

それでも、そのつどそのつど、最もふさわしいと思える言葉を模索し、
慎重に選びとっては罪あげていくことで、ふとした表紙に言葉の持つ元々の意味以上の
ものが生まれ、読む人の胸に何かを残す場合だってあるかもしれない。
そうしてやがては、文章をもってしか生みだせない感動を伝えることだってできるかもしれない。
そう、ちょうど絵の具を混ぜ合わせることでまったく別の色が生まれるのと同じように。
あるいはまた、抽象画が時として具象を超えるのと同じように……。

言葉そのものをなりわいにする人間は、その可能性のほうを信じないと一歩も前に進めない。

これまでの<旅>で出会った人々が私にくれた愛しい記憶みたいに、
いつか私の書くもののうち、どれか一つでも、
誰かにとっての特別な記憶となることが出来たら……。

そんな夢のような、野望のようなことを思いながら、私はこうして言葉を紡いでいる。
(p267〜268「<想い>と<言葉>」)

別に書くことを生業としているわけではないですが、私もよく思うことですね。
心の中に漂っているものを書ききれない、って。
でも私の場合は自分の力のなさもさることながら、自分の言葉によって、
誰かを傷つけるのが怖いというのもありますね。

そう思いながらも、湧き上がる思いを閉じ込めておけなくて、
中途半端なものをどこかに書き連ねてしまう、困った性分です。
願わくは、自分の言葉が誰かの役に立つことがなくても、
少なくとも言葉で人を傷つけることがありませんように。

一番最後の「誰かにとっての特別な記憶となることが出来たら」。
もう既に沢山の人の特別な記憶になってるんじゃないかなと思います。
少なくともここに一人、該当者はいますし。

なぜなら、そうして潮の満ち引きのように動かしがたく繰りかえされてきた
幾つもの別れこそが、私という人間の背骨を作ってくれたのだと思うからだ。
(p270「残る桜も散る桜」)

別れ、って英語でなんだっけ?と思ってしまった英語力に乏しい私です(^^ゞ
離れる、から推測してdivideの名詞形のdivision?
とか思ったら、part、separation、farewellなどがありました。
あ、divorceも離婚だけじゃなくて別れ、って意味があるらしいです。

えぇっと、気を取り直して。
英語でいうなら「Some farewell makes me what I am」、ってところでしょうか。
ある別れが今の私を作っている、と。
幾つかの、とも取りたいところですがそうすると複数形にしなきゃ、ですね。

言われてみて我が身を振り返ると、よく当てはまってるなぁと思いました。
幾つもの別れの積み重ねで、今の自分があるんだな、と。
逆にいえば、その別れがなければ、今の自分はないとも言えます。

別れは場合によって、ひどく苦しくて悲しくて辛いものだけれど。
人間の命に限りがある以上、いずれは別れは避けられないものなんですよね。
そういった意味でも、出会いは大事にしたいなと思います。


いろいろと思うことが多くて、書いてたらすごく長くなってしまいました。
(またページの表示に時間がかかりますね←我が家は32kbpsです……)

今はとりあえずいいんですが、文庫化したら買いたい一冊になりました。
次に読み返した時、私は何を思うんでしょうね。
posted by ルゥ at 18:19 | Comment(0) | TrackBack(0) | エッセイ | 記事編集

2004年06月05日

恋なんて、少し不幸ぐらいがちょうどいい

唯川恵、大和書房、04年4月刊、6/4〜6/5に読みました。

やっぱりタイトルがなかなか強烈ですね。そんなわけで手にとってみた、これも図書館の新刊。

大体、私は基本的にエッセイを読まない人です。小説とエッセイ、どっちも出してる人でも小説は全部読破しても、エッセイには普段は手を出さない人、というとこの人の他に山本文緒や村山由佳なんかがいます。

最初はタイトルだけだと小説ともエッセイとも判別がつきかねたけど、帯でエッセイだと判明。
まぁそれでも、内容にも興味を持ったんで借りてみました。

まぁ大筋では納得しました。でもこの人もここまでぶちまけて書けるなんてすごいなー、と思います。
かく言う私も、かなり自分の恋愛観は日記等でぶちまけてますが。
何分、経験が大して(というか片思い&失恋だけ?)ないために想像の域を出ないことが多いんですよね……。

そう多くはない失恋でも、かなりの大ダメージを受けたんで、次もし恋をするなら、やっぱり慎重にならなきゃ。
そう思ってたのに、なんで現実は期待を裏切るんだろうな……。
まぁ何をどう足掻いても、なるようにしかならないのだろうけど。

「カッコ悪いところをちゃんと見せられる相手でないと、きっと息が続かなくなる」というのは同感だけど、恋って最初は相手に上せてしまうところから始まるんじゃないか……と思うのは私だけ?
まぁそんな人が現れるまでは、精一杯猫をかぶってベストの自分を出せるように努力したいと思います。多少背伸びしても、それで自分を磨いて向上させられるならいいんじゃないかと。

自己肯定論も参考にはなりました。開き直っちゃいけないのはわかるけれど、楽な方に流されるのはやっぱり人間だからでしょうか(これも逃げ?)。
posted by ルゥ at 00:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | エッセイ | 記事編集

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